大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)493号 判決

昭和五三年(オ)第四九二号上告人

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人

道工隆三

井上隆晴

柳谷晏秀

中本勝

右指定代理人

谷口光臣

外六名

昭和五三年(オ)第四九三号上告人

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

藤井俊彦

篠原一幸

根本眞

外一六名

昭和五三年(オ)第四九四号上告人

大東市

右代表者市長

西村昭

右訴訟代理人

俵正市

草野功一

弥吉弥

重宗次郎

苅野年彦

坂口行洋

寺内則雄

被上告人

浅野友美

外七〇名

右七一名訴訟代理人

鬼迫明夫

細見茂

臼田和雄

浜田耕一

須田政勝

力野博之

山田庸男

戸谷茂樹

針谷紘一

中島馨

荒鹿哲一

出水順

外八九名

主文

原判決中上告人ら敗訴の部分を破棄する。

右部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

本件の上告理由は、原判決全般についての多岐にわたる論点を含み、必ずしも上告理由の順序に従つて判断することを適当としないので、以下においては、上告人国及び同大阪府の上告理由に関するものと上告人大東市の上告理由に関するものとに大別し、それぞれにつき適宜の順序に従つて順次判断をすることとする。

(上告人国及び同大阪府の上告理由に関する判断)

一上告人国指定代理人蓑田速夫、同田代暉、同篠原一幸、同服部勝彦、同丸山稔、同西野清勝、同安仁屋政彦、同川本正知、同萩原兼脩、同近藤徹、同宮崎潮、同上村光、同石田真一、同日野峻栄及び上告人大阪府訴訟代理人道工隆三、同井上隆晴、同柳谷晏秀、同中本勝の各上告理由第二の第一点ないし第四及び第六点について

所論は、要するに、(一) 自然公物たる河川は、管理以前から本来的に洪水氾濫の危険を内包しているものであつて、その管理はその危険を治水対策事業により軽減し、より安全なものに近づける努力の過程であるから、絶対的安全性を具備することは不可能であるとともに、道路におけるような一時閉鎖、通行止め等の緊急の危険回避手段を有しない点において道路その他の営造物の管理とは大きな差異があるのであり、(二) また、河川管理には、(1) 財政上の制約、すなわち、国は永年にわたり多額の治水投資を行つてきたが、河川の整備率はいまだに高くなく、全国の河川を整備するには膨大な財源を要するところ、他の財政負担を伴う社会需要を大幅に制限して河川改修のみに投資することについて国民の同意を得られないこと、(2) 時間的制約、すなわち、河川改修工事は一般に長い延長の工事であるとともに順次改修区間を延ばしていく工事であるため長い工期を要すること、(3) 技術的制約、すなわち、河川改修工事はその河川の水系の全体計画との関連において危険の度合、改修の効果等を総合的に考慮して段階的に実施され、一般的には下流部から上流部に向つて順次工事を進めていかなければならないことなど、(4) 社会的制約、すなわち、人口の急激な都市集中に伴う土地利用の変化のため、排水が不完全のまま宅地化したことによる内水滞水、河川流域の宅地開発による保水機能の低下、地下浸透の減少、雨水流下時間の短縮等、流出機構の変化がもたらされるとともに内水氾濫が浸水被害として顕在化しその速度に河川整備が追いつけないこと、また、これら都市化区域の河川改修に必要な用地取得が地価の高騰、住民の所有権意識等のため困難となり、河川改修を困難にしていること、などの諸制約が存するのであるから、特定の河川について安全性が欠如しているかどうかを判断するにあたつては、以上のような河川に特有な諸要素についての考慮をゆるがせにすることができないというべきであるのに、これらの点をなんら顧慮することなく、本件未改修部分の存在及び原判示c点(以下「c点」という。)付近の土砂堆積の放置をもつて河川の有すべき安全性に欠けるとし、また、c点の上流の原判示a点(以下a点」という。)から原判示b点(以下「b点」という。)までの間は川幅が狭くその流下能力よりもc点の疎通能力がより大きいからc点急縮の状態にはなんら溢水の危険はないのに、その危険があつたとし、これらがいずれも国家賠償法二条一項の営造物の管理の瑕疵にあたるとした原審の判断には、同条項の解釈適用の誤り、理由不備等の違法がある、というのである。

1国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい(最高裁昭和五一年(オ)第三九五号同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁参照)、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものである(最高裁昭和五三年(オ)第七六号同年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁)。

ところで、河川の管理については、所論も指摘するように、道路その他の営造物の管理とは異なる特質及びそれに基づく諸制約が存するのであつて、河川管理の瑕疵の存否の判断にあたつては、右の点を考慮すべきものといわなければならない。すなわち、河川は、本来自然発生的な公共用物であつて、管理者による公用開始のための特別の行為を要することなく自然の状態において公共の用に供される物であるから、通常は当初から人工的に安全性を備えた物として設置され管理者の公用開始行為によつて公共の用に供される道路その他の営造物とは性質を異にし、もともと洪水等の自然的原因による災害をもたらす危険性を内包しているものである。したがつて、河川の管理は、道路の管理等とは異なり、本来的にかかる災害発生の危険性をはらむ河川を対象として開始されるのが通常であつて、河川の通常備えるべき安全性の確保は、管理開始後において、予想される洪水等による災害に対処すべく、堤防の安全性を高め、河道を拡幅・掘削し、流路を整え、又は放水路、ダム、遊水池を設置するなどの治水事業を行うことによつて達成されていくことが当初から予定されているものということができるのである。この治水事業は、もとより一朝一夕にして成るものではなく、しかも全国に多数存在する未改修河川及び改修の不十分な河川についてこれを実施する莫大な費用を必要とするものであるから、結局、原則として、議会が国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつその配分を決定する予算のもとで、各河川につき過去に発生した水害の規模、頻度、発生原因、被害の性質等のほか、降雨状況、流域の自然的条件及び開発その土地利用の状況、各河川の安全度の均衡等の諸事情を総合勘案し、それぞれの河川についての改修等の必要性・緊急性を比較しつつ、その程度の高いものから逐次これを実施していくほかはない。また、その実施にあたつては、当該河川の河道及び流域全体について改修等のため調査・検討を経て計画を立て、緊急に改修を要する箇所から段階的に、また、原則として下流から上流に向けて行うことを要するなどの技術的な制約もあり、更に、流域の開発等による雨水の流出機構の変化、地盤沈下、低湿地域の宅地化及び地価の高騰等による治水用地の取得難その他の社会的制約を伴うことも看過することはできない。しかも、河川の管理においては、道路の管理における危険な区間の一時閉鎖等のような簡易、臨機的な危険回避の手段を採ることもできないのである。河川の管理には、以上のような諸制約が内在するため、すべての河川について通常予測し、かつ、回避しうるあらゆる水害を未然に防止するに足りる治水施設を完備するには、相応の期間を必要とし、未改修河川又は改修の不十分な河川を安全性としては、右諸制約のもとで一般に施行されてきた治水事業による河川の改修、整備の過程に対応するいわば過渡的な安全性をもつて足りるものとせざるをえないのであつて、当初から通常予測される災害に対応する安全性を備えたものとして設置され公用開始される道路その他の営造物の管理の場合とは、その管理の瑕疵の有無についての判断の基準もおのずから異なつたものとならざるをえないのである。この意味で、道路の管理者において災害等の防止施設の設置のための予算措置に困却するからといつてそのことにより直ちに道路の管理の瑕疵によつて生じた損害の賠償責任を免れうるものと解すべきでないとする当裁判所の判例(昭和四二年(オ)第九二一号同四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二六八頁)も、河川管理の瑕疵については当然には妥当しないものというべきである。

以上説示したところを総合すると、我が国における治水事業の進展等により前示のような河川管理の特質に由来する財政的、技術的及び社会的諸制約が解消した段階においてはともかく、これらの諸制約によつていまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至つていない現段階においては、当該河川の管理についての瑕疵の有無は、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である。そして、既に改修計画が定められ、これに基づいて現に改修中である河川については、右計画が全体として右の見地からみて格別不合理なものと認められないときは、その後の事情の変動により当該河川の未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、当初の計画の時期を繰り上げ、又は工事の順序を変更するなどして早期の改修工事を施行しなければならないと認めるべき特段の事由が生じない限り、右部分につき改修がいまだ行われていないとの一事をもつて河川管理に瑕疵があるとすることはできないと解すべきである。そして、右の理は、人口密集地域を流域とするいわゆる都市河川の管理についても、前記の特質及び諸制約が存すること自体には異なるところがないのであるから、一般的にはひとしく妥当するものというべきである。

2以上の見地に立つて本件をみると、原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。すなわち、(一) 谷田川を支川の一つとする寝屋川の流域は、低湿地が多く、戦前は宅地化がそれ程進んでいなかつたが、戦後は急速に市街化が進行し、昭和三〇年から昭和四五年にかけて人口は2.5倍に急増し、農地は三分の一に激減したため、流域の全体において内水氾濫が浸水被害として顕在化するに至つた。これに対応する治水対策として、寝屋川の計画高水流量を毎秒五三六立法メートルと定めて同川の改修計画が立てられ、昭和二八年から逐次改修工事が行われ、鴻池水門の改築、平野川分水路の開削、最下流部浚渫、第二寝屋川開削等をみたが、流域の予想外の急激な都市化により、昭和四三年に基本高水流量を約三倍の毎秒一六五〇立方メートルとする計画に変更され、本川から支川へと順次改修が進められ、谷田川合流点付近の改修工事が昭和四五年に完成したので、昭和四六年以降から支川の改修に着手された。昭和二八年度から同五〇年度までのこれら改修に要した投資額は大阪府全体の事業費の五割にも達したほか、内水対策たる流域下水道事業が昭和四〇年に相当の投資額で行われ、同程度の規模の水系に対する投資額としては全国一であるのに、その全域の改修はいまだ完成していない。(二)(1) 谷田川は、昭和四〇年四月一日に久作橋より下流が、同四一年四月一日にその上流のa点までの部分が一級河川に指定されたのであるが、その改修計画は、昭和四一年に一級河川指定区間の改修規模及び断面についての一応の技術基準が定められ、昭和四一年度に国鉄片町線複線化に伴う関連部分工事、同四二年度に右工事の残工事と野崎駅前下流防災工事(板柵工)、同四三年度に大阪外環状線道路の新設に伴う交差部分工事、同四四年度に下流部用地買収着手及び片町線交差部下流の羽口工、同四五年度に野崎中川下流端取付工事、片町線交差部下流羽口工及び野崎駅前左岸羽口工、同四六年度に下流端左岸の改修、下流端右岸の羽口工及び野崎駅前用地取得事務の大東市委託、同四七年度に下流部用地取得完了(水害前)及び野崎駅前付近の用地取得促進がそれぞれ実施された。(2) 右昭和四一年度の国鉄片町線複線化工事に伴う関連部分工事は、当時の谷田川が国道一七〇号線より西へ1.5メートルほどの川幅で流下し、片町線をくぐり、集落の中を南下して南津乃辺水路を合わせ、片町線を再度くぐつてc点上流に至つていたところ、その状態のまま片町線の鉄橋を新設すれば、後日の河川改修のとき、鉄道の下で河川を拡げるという大工事が二箇所で必要となり、大きな手戻りとなること、集落の中で河川拡幅は非常に困難であること、当時の河川の位置では計画流量の流水を流下させるのに非常に線型が悪いことから、現状のとおり片町線に沿つてその東側を直ちに南下させて、c点上流に直線で継ぐという工事(いわゆるショート・カット工事)として計画、実施されたものであり、全体としての谷田川改修工事についての二重投資となることを避けるため、その一部を繰り上げて先行投資事業として行われたものである。(3) また、昭和四三年度大阪外環状線道路の新設に伴う交差部分改修工事は万国博覧会関連工事として行つたものであるが、これも二重投資を避けるため先行投資事業として行われた。(4) 右片町線複線化に伴う工事により、久作橋の上流約一一〇メートルの地点から上流へ四一八メートルのb点までの区間につき、また、昭和四四年頃には同橋下流二一五メートルの地点から下流へ一四六メートルの区間につき、それぞれ上幅7.99メートルないし8.44メートル、底幅六メートル、高さ3.32メートルないし4.07メートルとする改修工事が完了していたが、右両区間に挾まれた国鉄野崎駅前の約三二五メートルに及ぶ本件未改修部分は後記の理由からそのまま残され、その最上流端から下流へかけて徐々に川幅が狭くなつて行き、久作橋上流約二〇メートルのc点では、上底幅約1.8メートル、高さ1.15メートルないし1.2メートルと急縮し、ほとんどそのままの状態で下流の改修完了部分まで続いており、堤防天端高においては、上流側改修部分の最下流端と未改修部分の上流側端とでは約1.31メートルの差が存する状態にあつた。(5) 谷田川の下流からの改修は、前記のとおり寝屋川の谷田川合流点付近の改修が昭和四五年に完了したので、昭和四六年より同五一年を目標に行い、同四六年度には下流端より約三分の一の用地取得を完了し、一部下流端左岸の改修に着手した。(6) 前記谷田川の野崎駅前部分の改修については、九戸の店舗を含む二九戸の家屋の立退と用地取得を行わねばならず、その対象者の生活上の問題から短時日の解決は困難であるとの判断のもとに、上告人大阪府は、昭和四三年一一月に地元に工事説明を行つたのを皮切りに、計画予定区域内の物件調査、物件所有者との交渉、上告人大東市及び枚方土木事務所との協議等を経て、昭和四六年六月五日上告人大東市に対し用地取得等についての委託をし、上告人大東市が用地取得の交渉に入り、昭和四六年末には一五の物件補償と約六〇〇平方メートルの用地取得を終え、その余の用地取得について交渉中に、本件水害の発生をみたのである(なお、河川上の家屋所有者は、戦後間もなくから住み、同所に生活基盤が形成されていたことから、谷田川の一級河川指定後も占用許可を受けてきたが、前記用地買収交渉が軌道に乗つた昭和四六年四月以降の占用許可は、与えられていない。)。

右の寝屋川水系及び谷田川の改修計画及びその実施の状況については、これを全体として観察し、前示の過去における水害の発生状況その他諸般の事情を考慮して判断する場合には、前示の河川管理の一般水準及び社会通念に照らして特に不合理なものがあるとは認められないとされる余地が十分に存するものと考えられるのであつて、そうであるとすれば、谷田川全体の改修計画中本件未改修部分の改修工事を他の未改修部分のそれに先がけて実施しなければならず、それをしないことが河川管理者の管理の瑕疵にあたるといいうるためには、それ相当の特段の理由が存しなければならないというべきである。しかるところ、原審は、この点に関し、(一) 自然公物である河川においても、人工公物である道路の場合と同様に、そこにおける客観的な安全性の欠如(危険)が第三者の行為若しくは不可抗力的外力によつて招来され、あるいは管理者による管理開始前から管理者の責任によらないでその物自体に内在していた等の外部的要因によるものである場合であつても、かかる瑕疵からの発生が予想される被害が社会通念上これを受ける者において社会的に受忍すべきものと認められる範囲を超え、かつ、その危険の放置が当該危険性の程度と対比して技術的、社会的にやむをえないと認められる期間を超えて継続されているような場合には、営造物の管理の瑕疵に基づく責任を負うべきものであり、この場合、予算上の制約の問題は、右の危険除去に要する費用が被害の程度やその発生の確率と対比して不相当に莫大であるようなときには、被害者において社会観念上これを容認すべきであるとされる場合が生ずるという意味及び程度において右の判断に影響を及ぼすにすぎないとし、(二) 本件においては、(1) 谷田川はいわゆる天井川であつて、多量降雨時には本件未改修部分からの溢水により沿岸住宅に床上浸水等の被害が発生する危険が存しており、かかる被害はこれら住民の受忍限度を超えるものというべきところ、右の危険性の存在は、前記シヨート・カツト工事がされた当時において上告人らの知り、又は知りうべきものであつたと認められること、(2) 本件未改修部分は改修工事は、技術的には困難ではなく、それに要する費用も寝屋川水系ないし谷田川全体の改修計画に要する費用に比してさほど多額ではないこと、(3) 河川の改修は原則として下流から順次上流に至るというやり方で行われるという点でも、すでに本件未改修部分の前後の区間について部分的改修が先行的に行われた以上、その妥当性を失つていること等を挙げて、上告人らが本件未改修部分をそのままに放置したことには、河川管理上の責任があるといわざるをえないと判断している。原審の右判断は、前記のような寝屋川水系河川及び谷田川全体の改修計画及びその実施の全体的な合理性の問題を考慮外に置き、これとの関連についてなんら言及することなく、右計画の実施過程において当初の計画を一部変更して本件未改修部分を他に先んじて行わなければならない理由としては、単に本件未改修部分を含む谷田川についての一般的な水害発生の危険の存在と、本件未改修部分の前後の区間については前記シヨート・カツト工事が先行的に行われたことを挙げるにとどまつているところ、右の前者の点は前記の全般的な改修計画においてすでに折込みずみであつてその後に新たに生じた事由ではないと考えられ、後者の点についても、いわゆるシヨート・カツト工事は前記のような事情により、かつ、二重の投資を避けるための先行投資事業として行われたというのであつて、谷田川の水害発生の危険が特に顕著となつたというような水害の危険防止上の必要とは関係のない理由に基づくものであり、それはそれなりの合理性を有するものということができ、他方、その際に本件未改修部分がシヨート・カツト工事と同時に進行されなかつたことについてもさきに述べたような事情が存したためであることを考慮するときは、原審の挙げる上記の諸点は、いずれもそれをもつて当然に本件未改修部分についても当初の予定を繰り上げてシヨート・カツト工事と同時に、又はこれに引き続いて改修工事を施行すべきことが要求され、これを行わないことが管理の瑕疵にあたるものとするに足りないといわなければならない。それ故、原審の右の判断には、国家賠償法二条一項の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるといわなければならない。

3もつとも、前記先行投資事業として行われたシヨート・カツト工事の結果、本件未改修部分における水害発生の危険性がそのために特に著しく増大し、これを放置することが河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認することができないと認められるような特段の事情が生ずる場合には、河川管理者として当然にこれに対する対応措置を講ずべきであつて、シヨート・カツト工事部分の改修工事を行いながら本件未改修部分を放置したときは、これにつき河川管理上の責任を問いうる余地があるというべきところ、原審は更にこの点についても触れ、c点付近の状態について、谷田川がc点の前記急縮部及びそれに続く狭窄区間においては、その上流から河道に満ちた水が流れてくればこれを持ちこたえることができず、その形状において物理的に溢水の危険性があるとし、また、前記シヨート・カツト工事によりc点上流の区間に毎秒二〇平方メートルの計画高水流量を流下させうる改修を終えながら、その直下流に明らかにこれを通過させえない本件未改修部分を残しておくことは従来より危険性を高めることが明白であると判断し、この点も本件における河川管理上の責任の有無について無視することができない旨を判示している。

しかしながら、前記事実関係によれば、シヨート・カツト工事以前からc点の直上流の一定区間は、川幅が広くそれが徐々に狭くなつてc点急縮部に至つていたというのであるから、右工事によつてc点上流の川幅の広い区間が延長されたにすぎないのであつて、このことが直ちにc点における流水の流速等に影響を与えて溢水の可能性を高めることになるとは、右事実関係のみからは速断し難い。また、仮に、そもそもc点及び右狭窄部分がc点より上流の区間に比して川幅が狭いため川幅が両区間を通じて異ならないc点において溢水しやすいということがいえるとしても、前記事実関係によれば、右両区間よりも更に上流のa点とb点の間の区間は当時未改修であつて川幅が狭く流量が制限されていたのであるから、右a点・b点の区間の匂配、b点とc点との間の区間に流入する水路の状況等についての審理の結果いかんによつては、右の事情を考慮してもなおc点急縮部及び本件未改修部分における河川の形状による溢水の危険が、谷田川の前記改修計画で予定された時期よりも特に早い時期に他に優先して同箇所を改修すべき特段の事情があるとするに足りるほどの状況にあつたとは認められない可能性がなくはないのである。原審の前記判断には、理由不備、審理不尽の違法があるものといわなければならない。

4なお、原審は、更に、c点の土砂の堆積について、(一) 谷田川は、昭和三七年頃には子供が入つて遊べるくらいの深さの川であつたところ、昭和三八年頃以降上流部の宅地造成や土砂採取が始つてから徐々に上流部からの土砂流出が多くなり、全般に川底に相当量の土砂が堆積した状態になつており、本件水害当時にはc点付近において0.5メートル前後の土砂堆積があつて、河道の深さを減じていたこと、(二) 谷田川の浚渫は、昭和四二年一一月から同四三年二月にかけてc点付近を含む久作橋上流三〇メートルの地点から寝屋川合流点までの区間で行われたほか、昭和四四年及び同四五年に他の区間について行われたことを確定したうえ、右事実関係に基づき、右土砂の堆積は、土砂の流送度の高い谷田川において、c点付近につき四年半近くも浚渫が行われていなかつたためであると推認されるとし、溢水の危険も高いc点付近においては他区間よりも頻繁な浚渫が行われるべきであるのに土砂の堆積が右の状態に置かれていた点でも、都市河川の管理としては瑕疵が存したものと判断している。

しかしながら、河川管理の瑕疵の有無は、前示のとおり当該河川が過去の水害の発生状況その他前記の諸般の事情を総合的に考慮し河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えているか否かの観点から判断されるべきものであるところ、原審が右のような諸点を勘案することなくc点付近の土砂の堆積の状況から直ちに谷田川の管理に瑕疵があつたとした判断には、国家賠償法二条一項の解釈適用を誤つた違法があるのみならず、c点付近が溢水の危険の高い箇所であるとの原審の判断には前記の違法があり、原審が右判断を前提としてc点付近が特に他区間よりも頻繁な浚渫を要するとしたことに基づき前記の管理の瑕疵があるとした点には、右判断と同じく理由不備等の違法があるといわなければならない。

5以上判示の原判決の各違法は、原判決中被上告人らの上告人国及び同大阪府に対する各請求を認容した部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中右の部分は破棄を免れない。そして、右各請求の当否については叙上の点につき更に審理を尽くさせる必要があると認められるので、右各請求認容部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

二  同第一の第三点及び第三の第一点について

1所論は、要するに、証人木村春彦は環境地学専攻の学者であつて、水理学上の問題に関しては専門家とはいえず、また、その調査も本件訴訟提起後に主に被上告人らからの聴取によつて行つた程度で、非科学的なものであるのに、内水(原判示内水滞水をいう。国道越流水を含む。)だけだつたならば浸水の最高水位の半分ぐらい前後じやないかと思うという同証人の勘で述べた一片の証言によつて、極めて高度な水理学上の問題であり専門家でも水理解析及び実験によらなければ解明しえない本件湛水中における内水と外水(原判示C点溢水の水をいう。)の割合について五分五分という認定をした原判決には、採証法則違背の違法がある、というのである。

原審は、内水と外水との割合については、目撃証人の証言によつて把握することはできないとし、上告人国、同大阪府が右割合について水理学の専門家による水理解析、模型実験の結果に依拠した立証を試みたのに対し、右解析・実験にはその前提となる資料の把握方法、仮定的に設定された諸条件の正当性、正確性等に問題があるとして、これを排斥したうえ、所論の証人木村の証言について、同証人が環境地学を専攻し、特に水害関係の研究に造詣の深い者であり、右証言がその専門的な知識経験を基礎にして現地踏査と被害住民からの当時の状況の聴取とから得た認識に基づく同証人の判断であつて、所論の内、外水の割合というような問題については、案外右のような事実認識を経た専門家の直感に基づく判断が結果的に正当であることもまれではなく、他にこれによることの妨げとなる資料もないとし、右証言に依拠して内、外水の割合を五分五分と認定している。

しかしながら、記録によれば、証人木村は、河川災害についての調査・研究歴を有するものの、環境地学専攻の学者であつて、本件水害の被災者らからの依頼に基づき、河川工学、地質学等の専門家から成る調査団を組織し、本件水害の原因等を解明するため、現地の実測、被害住民からの当時の水害の状況についての聴取等による調査を行つた旨を証言したうえ、c点付近の溢水状況については、溢水の開始時期、休止、再開、湛水のピーク、減水等の経過に関して述べているものの、その間の溢水量の把握はしていない旨の証言をいつたんはしながら、裁判長の尋問に対し、水位計算はしていないが大ざつぱな計算で内水だけだとした場合には浸水の最高水位の半分くらい前後ではないかと思うという所論の証言をしているのであつて、右証言内容の根拠については、同証人の証言部分においても全く明らかにされていないのである。本件における内、外水の割合の認定が高度の専門的、技術的事項であることは上告人らの指摘するとおりであり、この問題の究明のため上告人国、同大阪府が実施した解析・実験の結果は、それ自体としては一応の科学的根拠を有するものと考えられるから、たとえ、これにつき原審の指摘するような問題点があり、右の結果を本件に適用して結論を出す場合にはそれ相当の修正を施すか、ないしは誤差の可能性とその程度を考慮に入れる等の方法をとることが要求されるとしても、これらの点についてなんらの配慮を示すことなくこれを排斥し、かえつて専ら、水理学の専門家とはいえない証人木村のなんら客観的根拠を示さない前記証言のみに依拠して内、外水の割合を五分五分であるとした原審の事実認定は、当該事項の立証の困難性を考慮してもなお著しく合理性を欠き、客観的根拠に基づかない独断のそしりを免れず、採証法則に違背したものであるといわなければならない。

2所論は、要するに、原審は、内、外水の割合を五分五分としたうえ、被上告人らの居住家屋の床高と床上浸水位との関係(原判決別表Ⅰ)からみて、ごく大ざつぱな平均的把握であるけれども、内水洪水だけならばおおむね床高一杯一杯ぐらいで済んでいたものと推認できる旨の認定をしているが、右別表記載の各床高と床上浸水位との関係からは右のような認定はできないから、右認定には採証法則違背、理由不備の違法がある、というのである。

原審は、所論のとおりの事実認定をしているが、所論の別表によれば、被上告人らの居住家屋の床高は、op3.6メートルから4.44メートルまでの間に分布しており、最高のものと最低のものとの間には、0.84メートルもの高低差があることが明らかであるから、被上告人らの各居住家屋につき内水のみで床上浸水位に達するか否かは、各家屋ごとに各別に認定すべきところ、平均的把握により内水洪水の水位が一率に被上告人らの居住家屋のおおむね一杯一杯ぐらいであるとした原審の所論の事実認定は、著しく不合理であつて、経験則に違背するものといわなければならない。

3そこで、原判決における右各違法が判決の結論に影響を及ぼすか否かについて検討する。原審は、被上告人らの一部の者の居住家屋に床上浸水が始まつたのは昭和四七年七月一二日午後五時頃であり、その後浸水位は次第に上昇し、一三日午前三時頃ピークに達し、一四日朝から漸く減水し始め、完全に引水するまでには一六日を待たねばならないところもあつたこと、c点からの溢水は一二日午前九時頃から始まり、その強弱は別として終日続き、被上告人らの居住地域に流入して本件湛水の一部を構成したことを認定しているところ、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし肯認することができないものではない(なお、原審は、c点からの溢水が単に本件未改修部分の河道の狭窄状態による相対的疎通能力の低さのためばかりでなく、右未改修部分の提防高が従前のままで、改修工事が行われた前後の区間の提防高に比べてかなり低く、そのために寝屋川本川の水位が上昇して右未改修部分の提防高を超えるに至つてこれによる溢水も加わつたことを認定しているところ、上告人らはこの点について審理不尽等の違法をいうが、本件記録及び原判決の判示に照らせば、右非難はあたらない。)。そして、右事実関係によれば、c点溢水は、長時間床上浸水による被上告人らの被害の発生後に生じたものではなく、内水滞水等とともに右被害の発生以前から生じていたものであつて、他の原因と共同して右被害の発生に実質的に寄与したものということができるから、その本件湛水に対する寄与の割合の大小にかかわらず、これと本件被害発生との因果関係の存することは否定することはできない。そうすると、原判決中の前記1・3の各違法は、因果関係の成否に関する原判断の結論に影響を及ぼさないものといわざるをえず、論旨は採用することができない。

(上告人大東市の上告理由に関する判断)

上告人大東市訴訟代理人俵正市、同草野功一の上告理由第二の三について

所論は、要するに、本件水害の原因は内水滞水、c点溢水、寝屋川水位の上昇、排水ポンプの不設置、サイホン管部の狭隘さにあるのに、原判示甲路(以下「甲路」という。)の土砂堆積と本件水害との間に相当因果関係があるとした原審の認定判断は違法である、というのである。

原審の適法に確定した事実関係によれば、(一) 甲路は野崎参道沿いを東から西に向けて流れ、谷田川に突き当たり、谷田川と国鉄線路を暗渠(以下この暗渠部を「サイホン管部」という。)でくぐり、西側へ出て七〇〇メートルで南へ折れ、四〇〇メートルで谷田川に通じているが、もともとその西端の谷田川合流点から被上告人らの居住地域を含む深野新田への灌漑用の取水路として用を果たしていたもので、その勾配はほとんど水平であつて、取水の際は、谷田川合流点の落し込みを開き、寝屋川鴻池の樋門を閉めて寝屋川の水を逆流させていたものであるが、被上告人らの居住地域の市街化が進み、農地が減少して以来、右農業用水路としての使用は自然に止み、逆に生活排水や雨水の排水路として利用されるようになつた、(二) 甲路においては、通常の雨水や生活排水は、その自然水圧によつて被上告人らの居住地域から逆に流れ出して行く仕組みになつていたが、かねてからゴミや土砂が堆積して疎通が悪く、僅かの大雨でもなかなか水が引かない状態であつた、(三) 甲路は、本件水害当時においても、東和建設前に埋設されていた直径0.8メートルのヒユーム管の内径半分位に土砂がつまつていたほか、野崎参道沿いの部分は全般に土砂やゴミが堆積し、サイホン管部は狭隘でその通りもよくなかつた、(四) 甲路は、サイホン管部を含め、国有財産であり、上告人大東市はこれを事実上管理していた、というのである。原審は、右事実関係に基づき、甲路はその自然的排水機能が不十分なのであるから、これに事実上の都市排水路としての機能を期待する以上、常時浚渫をして、その不十分ながらも本来有するだけの排水機能は常にこれを保持させて置かなければならないところ、前記のとおり土砂が堆積して排水能力が低下した状態に置かれていたことは、その公の営造物として備えるべき安全性を欠いた状態にあつたものであるとして、上告人大東市の甲路の管理に瑕疵があつたと判断している。

しかしながら、前記事実関係によれば、甲路の排水機能が不十分であるのは、ゴミや土砂の堆積のほか、甲路はもともと匂配がほとんどなく、また、サイホン管部が狭隘であつたことなどによるものであるところ、甲路の上流部からサイホン管部に至るまでの甲路全般の具体的な土砂の堆積の程度及びサイホン管部の狭隘さの程度がいずれも明確にされておらず、ひいては、本件水害当時における甲路の排水能力の低さの原因がサイホン管部の狭隘さを含めた甲路の構造と土砂の堆積のいずれにあるかが必ずしも明らかでなく、かえつて、本件湛水が一四日朝から上告人大東市の行つたポンプ排水によつてやつと減水し始めたことは原審の確定するところであり、右事実に鑑みるときは、右排水能力の低さの原因は主としてサイホン管部の狭隘さを含めた甲路の構造にあり、甲路における前記の土砂の堆積は、右の低下の原因でないか、又はこれに実質的に寄与しているものではなく、その原因としては無視しうる程度のものであつたと認定され、被上告人らの前記被害の発生との間に相当因果関係があるとは認められない可能性があるものというべきである。してみると、甲路の排水能力の低下の原因について具体的事実関係を確定することなく、上告人大東市には甲路の管理につき瑕疵があると速断した原判決には、理由不備及び審理不尽の違法があるものといわなければならない。したがつて、論旨は理由があり、原判決中被上告人らの上告人大東市に対する各請求を認容した部分は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、右各請求の当否については叙上の点につき更に審理を尽くさせる必要があると認められるので、右各請求認容部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官団藤重光は退官につき評議に関与しない。)

(藤崎萬里 中村治朗 谷口正孝 和田誠一)

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